読書感想ブログ

感想文をバシバシガシガシ書きます。

【読書感想文】 高橋弘希/指の骨

 ハード・カバーで百二十二枚。薄い本なのに、読むのに時間をかけた。時間がかかったわけではなく、時間をかけた。なぜか? それは単純に、読み終わるのがもったいなく感じたからだ。これは、日本兵を主人公にした、戦争小説だ。当たり前の知識で、日本は第二次世界大戦で敗戦した。だから、この物語が終わる=主人公が死ぬ、というのはなんとなくわかったし、同時に、この物語が終わる=日本の敗戦、ということが頭に浮かんで、すごく嫌な気分になった。
 この小説に入り込んで、どっぷりと浸かってしまったので、そんなことを思ったんだろう。そこまで入り込ませる力がこの小説にはある。当然、僕は戦争体験者ではないし、作者だってそうだ。体験したことではなく、知識でもってこの作品を書いている。それなのに、リアリティを感じる。丁寧で、それでいてどこか冷めた文体で、あるがままを書いている。

 主人公の戦友たちが、この理不尽な戦争で、次々と倒れていく。といっても、戦闘描写はほとんどない。風土病等々の病で倒れていく。なんらかの特技を持っていて、この戦争なんかがなければ、生きていれば、どんな人生を送っただろうか。
 しかし、そういう能力でもって、野戦病院で意気消沈している病兵たちを元気づけ、この戦争が早く終わるのを待っている。想像を絶する生活なのに、登場人物たちは、辛さを隠して楽しそうに生活している。カナカの人間との交流なんて、読んでいて微笑ましい。内地に残してきた嫁子ども、夢、そういったことを話し合う。「戦争が終われば――」という一言が、読んでいてただ辛い。

 緊張感を与えながら、それを緩ませ、そして安心したところでそれを叩き落とす。
「戦争は駄目だな」と、読んで思うのに、作品の中にはそういうものを入れない。ただ描写する。そこが上手い。そりゃあ、ガチガチの純文学新人賞である新潮新人賞を受賞し、デビュー作で芥川龍之介賞候補になり、三島由紀夫賞候補になるわけだ。

 これを読んで、なんでそこまで想像力があるんだろうな、と不思議に思った。一つ例を出すなら、清水という戦友と一緒に外出する際、松葉杖を借りる。清水は普通に松葉杖を使ってベッドから起き上がろうとする。その松葉杖の一本がそのまま床へ倒れていく。清水本人が、自分の左手首がないことを忘れていた。松葉杖が倒れていくまで、当の本人すらそのことに気づいていなかった。
 ここは普通に書けないポイント。これを読んでびっくりしたね、僕は。

 デビュー作がこんなに素晴らしいのに、なんで新潮八月号に掲載されたスイミングスクールはあんなにも酷かったのだろう。
 まあ、これからを期待する作家フォルダにこの名前を入れておこうかな。