読書感想ブログ

感想文をバシバシガシガシ書きます。

【読書感想文】 森達也/A3 下巻 【2012年刊行】

【無関係の話】
 上巻の反省といたしまして、100円ショップで付箋を買ってきた次第でございます。これまでは読み終えた時に記憶に残っていたことを探して感想を書くというスタイルでしたが、それじゃあもう追いつかない。なので「ここだ」と思ったところに付箋を挟み込みました。十枚挟みました。それを全部引用して感想を付け加えて……。

 引用すると膨大になるので、(◯頁)という風にします。それで勘弁してください。

 でも本当に驚愕することばかりが述べられているので、できる限りキーボードを叩きます。

【感想】

・なぜオウムは暴走したのか? ……殺人教義タントラ・ヴァジラヤーナ

 オウム真理教の暴走は、衆院総選挙惨敗ではなく、1988年に起きた事故死を隠蔽したのが始まりだったと著者は述べている。(48頁)

 まずそもそもオウムには、「教団の利益に合致すれば、殺人さえも教団の救済活動として許される場合もある」とする殺人教義と言われた「タントラ・ヴァジラヤーナ」というものがあった。(確かにタントラ・ヴァジラヤーナは、安全で人畜無害な思想ではない。でも連載初期で引用した浄土真宗本願寺派の戦時中の布告が示すように、あるいはキリスト教の歴史における十字軍遠征や異端審問が示すように、あるいは今のイスラム教過激派の自爆テロが示すように、死への不安や恐怖を軽減することが重要な機能である宗教全般に、この危険性は常に内包されている。(中略)つまり人を殺すことへのハードルを下げる。(67頁)

 オウム神仙の会からオウム真理教に改名し、海外にも支部が出来てという団体として絶頂期の1988年、富士山総本部道場で修行に参加していた男性が突然大声を出して暴れたため、一部の信者たちが男性を裸にして浴槽で頭から水をかけ続けたら、死んでしまったという事件があった。しかし教団はこの事故死を警察に通報せず、教団内で遺体を焼いて湖に捨てた。

 なぜそんなことが起きたのかというと、「事故が公になると救済計画が遅れるし、男性のためには一刻も早くポア(魂を高い世界へ転生させること)を教団内でしたほうがよい。水をかけ続けた信者は医師の資格を持っていたので、それを剥奪されるのを回避するため。

 が、それから四ヶ月後、それら一連を目撃していた信者が麻原への不満不信を訴えながら脱会を希望したため、独房に入れられた。脱会を認めれば一連の事件が明るみになると考えた麻原は、幹部信者に説得を命じた。できなければ殺害をしろと。
 そして実際に殺害されるが、実行した幹部信者たちは罪の意識に苛まされる。そんな幹部信者へ麻原は、「多くの人を救うための悪業はやむを得ない」と教える。

 またそこから二ヶ月後、次に麻原は、「例えば、ここに悪業をなしている人がいたとしよう。そうするとこの人は生き続けることによって、どうだ、善行をなすと思うか、悪業をなすと思うか。そして、この人がもし悪業をなし続けるとしたら、このひとの転生はいい転生をすると思うか、悪い転生をすると思うか。だとしたらここで、彼の声明をトランスフォームさせてあげること、それによって彼はいったん苦しみの世界に生まれ変わるかもしれないけど、その苦しみの世界が彼にとってはプラスになるかマイナスになるか。プラスになるよね、当然。これがタントラの教えなんだよ」と教える。(51頁)

 つまり、その時その時のアクシデントを正当化するために教義を変えていた、と。結構行き当たりばったりだったんだなという印象を受けた。
 坂本弁護士一家を惨殺して前述した脱会しようとした信者も殺害しておきながら、「麻原の実家で用意されていたバケツ半分ほどのハマグリを調理させずに海にばらまいた」(158頁と殺生を否定しておきながら寿司屋で貝類を食べる。ウランを採るために買った牧場に雨が降らず、そこにいた羊の餌がなくなって餓死してしまうので殺してしまおうとする信者に麻原が、「羊は悪業を積んでいないんだから殺してやるな」159頁と発言する。それを見た信者が「人間の大量ポアを意図されたグルであっても、悪業を積んでいないものは羊でもポアされないのだ」159頁と感心する。

 意外と一貫しているわけではないのだな、と。だから前述したように、教義がその都度その都度でコロコロ変わっていく。でも尊師が言うから間違いないと信者は思う。変わるごとにつじつま合わせをすることになるが、そこにも疑問を持たない。ポアされるのが怖くて疑問を持たないわけではなく、前述した脱会しようとした信者がポアされた際、麻原が魂を天界へポアしたとの連絡が届き、幹部信者は「よかった」と思うと同時に「うらやましいと思った」と発言している。(49頁)


・なぜオウムは暴走したのか? ……観念崩しマハームドラー

 マハームドラーとは「弟子のいちばん弱い、嫌なことをグルが要求する。親とか子とか恋人とかとの情を切るような苦しいことをさせる。それに耐えられるような修行をるす」ことだと述べている。(131頁)

 これってすごいよね。

 つまりさんざん苦しませて、死ぬ寸前というか極限までもっていって、最後に温かく「よく頑張ったね」って声をかけるんです。するとそれでみんな、「ああ、自分は与えられた試練を超えることができたんだ。グルよ、ありがとうございます!」って思うわけです。 『約束された場所で』村上春樹「増谷始のインタビューから」(136頁)


 タントラ・ヴァジラヤーナで殺人や化学兵器製造といった行為を正当化させ、マハームドラーでそれを修行にしてしまう。殺人であっても、殺す人数が増えれば増えるほど効果を増す。無茶苦茶で荒唐無稽であればあるほど効果を増す。
 ……引用して思ったけれど、これはちょっと勝ち目がないですね。正当化させるから修行になる、修行になるから正当化される。


・なぜオウムは暴走したのか? ……最終解脱者で盲目の尊師麻原彰晃

 麻原とその兄弟は生まれたときから視力が弱く、盲学校へ入れられたエピソードが上巻で語られていた。信者たちの手紙やインタビューでも、ほとんど見えていないという意見で、メモを読むだけでも目に数センチの距離まで近づけないと見えなかったと書かれている。

 地下鉄サリン事件が起きる数日前の話。
 幹部信者が空を飛ぶヘリを見て、麻原に「大変です、今米軍のヘリコプターがサリンを撒きに来ています」と報告する。
 窓を開けて空を見ればその報告が真実かどうかすぐにわかる。ところが麻原は目が見えない。信者に確認させればいい。……しかし麻原は最終解脱者を宣言している。目など見えなくてもすべてを見通しているので、その報告を否定できない。
 麻原が他からの攻撃に過敏になれば、信者たちも過敏になり、こういった過激な報告を麻原に繰り返すようになるが、麻原はそれを確かめるすべがないので否定できない。否定しないからより過激になる。(180頁と181頁)

 テレビも新聞もないので、麻原が外界の情報を得るのはもっぱら信者たちの報告になる。週刊誌でも「創価学会批判」のようなものが選ばれて報告される。麻原はその情報を利用し、また選択された本当かわからないものが報告される。
 信者の思い込みだろうが忖度だろうが嘘だと分かっていてだろうが関係なく報告され、どれもこれも否定されない。(229~232頁)

 この最終解脱者という設定が足かせになっている。でもそうだよなあ、「私は目が見えないんで、ちょっとヘリ確かめてきてよ」なんて言えるわけがないよな。空中浮遊ができて信者にエネルギーを注入できて、絶大な支持を受けるすべてを超越した尊師なんだから、たとえ目が見えなくても心で見ているにきまっている、と。


・なぜオウムは地下鉄サリン事件を起こしたのか?

 麻原の主治医であった中川との面会。「例えば94年くらいに、信徒さんから「最近の尊師はどうしちゃったんだ」と言われたことがあります。説法の際に以前のような宗教の話をほとんどしなくなった。オウムは攻撃されるとかそんな話ばっかりだって」
(中略)
「87年にオウム真理教と改称し、89年の夏には衆院選に出ることを決定し、11月に坂本さんの事件を起こします。私が関わるようになったのはこの頃です。90年始めの衆院選で大敗した頃には、世界中にボツリヌス毒素を散布すると言っていました。でも失敗します。次に93年に、亀戸道場から炭疽菌を撒こうとします。これも失敗します。これはどう考えても、規模としては東京都内です。94年には松本の市街地で、松本サリン事件を起こします。そして95年春の地下鉄サリン事件になるわけですが、これは電車に乗っている人が対象です」
(中略)
「気がつきました? 時系列で見ると、麻原氏の発想はどんどん縮小しているんです」
287頁と289頁

 検察が主張する、麻原の妄想が徐々にエスカレートしていったのは間違いで、麻原や信者が抱く妄想に実現の度合いを合わせていったと。

 上祐は、「(中略)より過激なことを提案するほうが修行になるかのような雰囲気がありました。麻原と側近たちとの相互作用に寄って、事件がエスカレートしたことは確かです」


【まとめ】

 自分の感想や意見をたくさん考えていたのに、引用ばかりになってしまった。
 結局なにが言いたいか。最初から危険思想があったわけじゃなくて、教団が巨大になるにつれて敵が現れ、その敵を排除するために教義を変え、その敵を排除しやすいようにマハームドラーを行い、目が見えない上にメディアがない教団内部で側近や幹部信者が忖度した情報だけを麻原に流して危機意識を強め、危険思想に至ったと。

 つまり僕がなにを言いたいかというと、「異常者たちが起こした異常な事件である、全員死刑で終了」で終わらせず、もっとちゃんと考えるべきだと思う。ドイツでのホロコーストだって日本の大東亜戦争だって後に考えて考えて議論して議論して、ものすごく噛み砕いて長い間かけて原因と二度と起こらないためにどうするかを見出していったわけで、まあそれと同等にするには規模が違う話だとはいえ、「なぜ」が解明されないままその集団のトップが絞首刑になるのはどうかなと。
 あ、そうそう、対策がとれないっていうね。

 だからといって別に、麻原彰晃をはじめとするオウム真理教の信者たちが「そんなことする人たちじゃなかった、優しい人達だった」なんてことを思うほど僕は脳内お花畑ではない。
 ないが、同じようなことが絶対に起きないとは言い切れないわけで、だから「オウム=悪=死刑、終わり」で済ませる話ではないのでは、と思う。

 最後に。
 地下鉄サリン事件のすべてが明かされずに終了することについて森達也氏は「自分が街中で突然刺されて、加害者は逮捕され裁判を受ける。が、なぜ刺したかが判明しないまま罪状を言い渡され裁判が終わる。街を歩くのが怖くならないか? それと同じことなのだ」(要約)と言っています。


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【読書感想文】 森達也/A3 上巻 【2012年刊行】

 オウム真理教の一連の事件、テレビやラジオでたまに話を聞く森達也氏のどちらも昔から気になっていて、映画作品である「A」や「A2」を観ようを思いながらなかなか観る機会を作れず、だったらテキストで読もうとこの本を購入した。
 とても興味深い内容で、寝食も惜しんで読んだ。

【概要】

 作中でもある通り、タイトルのAは麻原彰晃のAである。
 メイン・テーマは二つある。
 一つは、「麻原は精神に異常をきたしている」のか「死刑を回避するために詐病を装っているだけ」なのかについて、二人の麻原の弁護団と裁判所が戦う。徹底的に戦う。
 そしてもう一つは、「オウム関連ではなぜ人権が黙殺されるのか」について。


【言い訳】
 常に考え込みながら読んだ。

 僕は、なにかものごとを判断する時に重要なのは「身体性」だと思っている。簡単に述べれば、「エアプ(エアープレイの略)」は絶対にしたくない、ということ。
 これは当たり前の話で、僕がここで「読んでもいない小説の感想文を、イメージや検索結果やSNSのつぶやきでわかった気になって書く」なんてのを正当化する話になってしまうから、絶対に駄目。

 そこから考えてみる。地下鉄サリン事件が起きたのは1995年。僕が八歳の頃で、関西出身なのでなにも記憶にない。自分や身内が被害にあったわけでもないし、あの頃の混乱を目の当たりにしたわけでもない。
 そもそも、詳しく知っているわけでもない。

 そんな僕が軽々しく、一冊の本を読んだだけでなにか言えるわけがない。だから感想文は詳しく書かずにしよう、と思っていたが――。

「この本を読んで思ったことを書くんだから、別によくないか? それに身体性はあるだろう」
 そういうわけで、感想文を書く。


【感想】
詐病or精神異常】
 あまり詳しくは知らない僕であっても、麻原の状態がわけのわからないことになっているということは知っていた。しかし僕も「死にたくないからフリしてるだけでしょ」と思っていた。
 著者が傍聴席から見た麻原、弁護士が見た麻原、そしてなにより麻原の次女と三女から見た麻原を詳しく述べているが、僕でもこれは「詐病じゃない」と思ってしまった。

 と、言うより、「詐病なのか詐病じゃないのかはっきりさせるために精神鑑定しましょう」と弁護団や著者が言っているのに、裁判官が麻原と面会した際に、裁判官の発言に麻原が「ふん、ふん」と言ったことを「意思の疎通ができている」だなんてわけのわからない理由で却下している。
 だから弁護団は五人の精神科医に麻原と面会させ、全員が「詐病ではない。治療させれば半年で意思疎通できるぐらいに回復する」と声明を発表したり、何度も何度も精神鑑定するように訴えている。しかし、なんの意味もない。

 麻原の精神異常が回復すれば、オウム真理教の一連の事件の謎が解明されるかもしれない。謝罪の言葉を口にするかもしれない。なんのデメリットもない。

 さすがの裁判所も精神鑑定を許可するわけだが、裁判所が選んだ精神科医で、弁護団はシャット・アウト。ここの流れは本当にどきどきした。


【人権問題】
 この人権問題についてを書くために最初に言い訳しておいた。

 もう、本当にひどい。ひどすぎる。僕の感情で判断する以前に、法律違反なわけで。
 なんのことかと言うと、高校や大学が次女と三女の入学を取り消したり、住民が街から信者を追い出そうとしたり、信者の転入を断ったことについて。
 読んでいてとてもつらかった。その人がいったいなにをしたのかと。
 一つ引用してみる。102頁、教団施設の退去を要請するところ。

 施設前に集合して退去を要求する地域住民たちは、対応に出た荒木浩と施設に居住する三人の出家信者に、「本当におまえたちに危険性がないというのなら、麻原彰晃の写真をこの場で踏んでみろ」と詰め寄った。
「写真を踏むことと私たちの危険性に関係があるのですか」
 周囲をぎっしりと包囲する群衆に視線を送りながら、写真を踏めと言った年配の男性に、荒木は少しだけ高揚した口調で質問した。あきれたように男性は即答する。
「大ありだよ」
「どう関係があるのですか」
「踏めるのか踏めないのかどっちだ」
「……私は誰の写真も踏めません」
 荒木のこの言葉に、群衆から驚きと怒りの声があがる。「やっぱりこいつらは何も変わっていない」と嘆息する人もいれば、「とにかく早くここから出て行け」と怒鳴る人もいる。
 最後に全員で「オウム真理教出て行け!」とのシュプレヒコールを繰り返してから、住民たちはぞろぞろと帰途につく。

 これはなかなかつらい。綺麗事を言っているわけじゃない。あまりにも無茶苦茶すぎる。次女と三女の入学を取り消したのだって無茶苦茶だ。子どもはなにも関係ないし、次女と三女が入学したからっていったいなにがあるんだと。


 考えながら読んでいたので、その時その時に思ったことはほとんど忘れてしまった。というわけで、下巻にいきます。


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【読書感想文】 池波正太郎/剣客商売三 陽炎の男 【2002年刊行】

 時代小説、第三集。再読だが内容は完璧に忘れているので、新鮮な気持ちで読んだ。

 解説にもあるが、大治郎の成長と三冬との関係性が見ていて微笑ましくてよい。

 というよりもう、どの編も文章がよくてまとまりもよくてわくわくさせてくれて、けちのつけどころがまったくない。赤い富士なんてもう、「おおおおおお」と声を上げてしまった。昼休みに職場の真ん中で。

 それぞれがヴァラエティに富んでいて、まったく飽きさせない。小兵衛も大治郎も三冬も弥七も、そしておはるもキャラが立ちまくっていてとてもよい。最初読んでいた時は三冬にやられてしまったが、読み返してみるとおはるがとても可愛らしい。

 もうとくに言うこともない!

 ただただ面白い!


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【読書感想文】 赤染晶子/乙女の密告 【2010年刊行】【第143回芥川龍之介賞受賞作】

【概要】(Wikipedia引用)
 京都にある外国語大学では、皆熱心に学業に取り組んでいる。2009年11月のある日、風変わりなバッハマン教授が、他の授業に乱入し、1月に行われるドイツ語スピーチコンテストの暗唱課題を伝える。「『ヘト アハテルハイス』(『アンネの日記』の原題、原文はオランダ語)の中でアンネにとって一番重要な日はいつですか?」という教授の質問に、みか子は1944年4月15日と答える。その日は、アンネがペーターとファーストキスをした日だった。教授の答えは1944年4月9日。それは隠れ家に警察が迫るが”命拾いし”アンネがユダヤ人であることを自覚する日だった。そしてその日の日記が、課題テクストだった。

 翌日の教授の授業では、皆必死に覚えてきたものの、誰一人として完璧に暗唱できず教授の怒りを買う。教授は”乙女達”をそれぞれの嗜好の違いで「すみれ組」「黒ばら組」に分けていた。黒ばら組のリーダー麗子主導で、早朝と夜間の自主トレが始まる。みか子はすみれ組だが、優等生だが独特の雰囲気を持つ”麗子様”に憧れていた。自主トレの中で、麗子はスピーチの醍醐味として、忘れた個所が自分にとって大切な言葉だと語る。

 やがて、麗子がバッハマン教授と「乙女らしからぬ事をした」という噂が流れる。乙女達の間であっという間に広まり、麗子は黒ばら組のリーダーを降ろされる。新リーダーは貴代だった。麗子の自主トレにはみか子しか来なくなってしまった。みか子は黒い噂を確かめようと、話声がする教授の部屋を訪れる。そこには、アンゲリカ人形に話しかける教授がいた。教授から暗唱するよう言われ、やはり同じ所で詰まってしまう。教授はみか子に繰り返し問う「アンネは本当に命拾いしましたか」と。みか子が部屋を出ると、どうやら麗子がいたようである。


【感想】
 読点をほとんど使わない短い文章が、スピード感と勢いがあってとてもよろしい。その勢いのまま一気に読んでしまった。だから読み終えてすぐに思ったのは、「面白いが、勢いだけかもしれん」だった。が、それだけで芥川龍之介賞を受賞するわけがなく、やはりよくできている。

 概要にもある通り、「みか子がバッハマン教授と乙女らしからぬことをした瞬間を密告した誰か」と「アンネ・フランクの隠れ家を密告した誰か」がうまい具合に重なっていい味を出している。それは一体誰なのか? が気になって読むのが止まらない。実際に夜読み始めて寝る時間をオーバーしてしまい、翌朝四度寝して遅刻ギリギリに職場についた。


【まとめ】
 とても面白かったため、作者が故人だというのがとても悔やまれる。あと二冊単行本を出しているが、残念ながら絶版でかつ中古の値段が高い。それも是非読んでみたい。時間を忘れて読めた、とても質の高い一冊だった。


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【読書感想文】 池波正太郎/剣客商売二 辻斬り 【2002年刊行】

 本当にもう文章が読みやすい。読みやすくて仕方がない。やっぱりあれだね、余計なものはカット、カット、カット・メンシックだね。

 そもそもがそうなんだよ。文章を楽しむのではなく、物語やキャラクターを楽しむものなんだから、読みやすさが爆発すればいいんだよ。キャラクターが生き生きしているんだから、まどろっこしいもんは必要ない。

 様々なところで読みやすさが爆発していて、「これは後にわかることだが……」なんていう風にその場であっさりと提示しちゃうし、風景描写や人物描写もかなりあっさりしていて余計なものがまったくない。しかしまあ当たり前の話だが、必要な文章はちゃんと残っていて、世界観をじっくりと堪能できる。

 うーむ、あれだなぁ。僕なんてついつい文章過多になっちゃって、必要なものも余計なものもゴタゴタ付け加えてしまうから、そういうところを見習わなきゃいけない。「文章で大事なのは、プラスではなくマイナスだ」というのはわかってはいるんだけれど、ビタビタぐちゃぐちゃつけちゃうね。

 そう考えてみると、先日読んだ西村賢太氏も、文章はかなりスマートで余計なものはカット、カット、カット・メンシック。あと、小兵衛と弥七のやりとりを読んでいて思い出したのは、石田衣良氏の池袋シリーズも、カット、カット、カット・メンシックだね。
 カット・メンシックが大事なんじゃなくて、余計なものはカット・メンシックしなくちゃいけないという話。エンターテイメントと純文学の違いもあるわけだし、どれもこれもカット・メンシックするという話ではないので。一応。


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【読書感想文】 西村賢太/夜更けの川に落葉は流れて 【2018年刊行】

 三作からなる短編集。まったくもう、期待を裏切らない面白さだこと。


寿司乞食小説新潮二〇十六年一月号掲載)

【概要】
 日雇い労働へ行く、一日分の給料をその日に使い果たす、次の日また日雇い労働へ行く――
 北町貫多二十二歳、そんな無計画な生活を立て直すべく、前から働いてみたかったという築地でのバイトを探す。これまでに二度立て直しの失敗を経験しているため、今回は失敗は許されない。
 週払いで未経験可、運転免許も不要、そしてなにより憧れであった築地での仕事に見事に受かり、初日を終え、同じ日に入った久保坂とともに会社の歓迎会に参加する。そこで貫多はいつものようにしこたま酒を呑んでしまい……。

【感想】
 これまでの人足仕事とはなにもかもが違った、絶対に離せない職場。久しぶりに人とわいわい酒を呑んで楽しくなり、ついつい呑むペースを早めてしまう。とてもわかる。僕はこの短編の最初から最後までとまったく同じ経験をしたことがある。
 酒は呑まないに越したことはない。断酒して一年経ってわかったことです。


夜更けの川に落葉は流れて

【概要】
 生きていれば。生きていればいつか逆転のチャンスがあるはずだ――
 北町貫多、二十四歳にして日雇い人足。同級生より八年も先に社会に出ておきながらこの体たらく。いいことなんてなにもない。もう、どうでもいい。自分の見た目も気にならず、人のことも気にならず、なにもかも投げやりになっていた。
 仕事場で知り合った人に呑みに誘うこともなくなった貫多は、いっときの転職として警備の短期バイトに勤しんでいた。まさかそこで人生の逆転のチャンスがあったとは……。

【感想】
 佳穂になっているが、いつもの秋恵。しかし、とても幸せな恋愛描写が繰り広げられる。読んでいて恥ずかしくなるほどのそれが、いったいいつ崩壊するのかと期待して読んでいた。
 いやーでも、わかるなぁ。僕も若い頃、いざ別れるとなった時に「じゃあこれまで奢った金を返せ!」とか言ってたよなぁ。
 あともう一つ、僕も若い頃、このまま支払わずに逃げてやろうと思ったら見事に捕まり、拉致られ、タコ部屋に入れられそうになったことがある。だからその恐怖はよく理解できた。
 あとはまぁ、いざ恋愛が始まって相手のことが好きになったら、欠点だろうがなんだろうが好きになっちゃうのに、好きじゃなくなった瞬間に一週間放置した生ゴミみたいに見えちゃうってのもすごーいわかる。暴言も吐いちゃうよねぇ。



青痰麺

【概要】
 とても短いから説明しちゃうとそれで終わっちゃう。だからまあ簡単に述べると、復讐劇。ラーメン屋の店主に対する、十何年間にも渡る復讐劇。

【感想】
 いやー、この後どうなったんだろう? これはキツイね! もう最悪じゃない。わかるんだけれど、ここまですると覚えられちゃうわな。それがまさかラストでこうなるとはね。


【追記】
 「相も変わらず買淫にいそしむチンポの進歩のなさ」は名パンチ・ライン。
 「ねえ、誰を待ってんの? オラと出産を前提としたセックスしてみない?」なんて、普通の脳みそじゃ思いつかない。


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【読書感想文】 池波正太郎/剣客商売一 剣客商売 【2002年刊行】

 年寄り向けのラノベといわれる時代小説。再読。が、内容はまったく覚えていなかった。

 

 やっぱり文章とキャラクターが素晴らしい。

 より簡潔に簡潔にシンプルに、無駄を省いて読みやすくし、それでいて想像力が膨らむ、文句のつけようがない文章。

 数多の修羅場を超えてきた剣客であり孫ほどの女を嫁にしたエロ爺の秋山小兵衛、その息子であり齢二十四にして未だ女性経験のない純朴で弟子一人もいない道場で修行を続ける秋山大治郎、老中・田沼主殿頭の妾女であり男装した女武芸者三冬、そんなメインに負けず劣らずの脇役たち。

 

 さまざまな事件を格好よく解決する。

 粋が詰まった一冊だ。

 

 舞台背景や固有名詞を知らなくてもまったく問題なく楽しめる。実際僕はまったくわからないが、とても楽しんで読めた。

 

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