読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

RETSUDAN SENSEIの感想文

感想文をバシバシガシガシ書きます。

【文芸誌感想】 すばる2016年8月号掲載 【対談】 「いまの挫折」は「一生の挫折」では、ない!』 西村賢太/湊かなえ 感想

 この二人が対談するという話を聞いた時は、「エンタメ作家と私小説作家が対談か、どうなる事やら」と思っていたけれど、読んでみると、お互いがジャンルは違えどきちんとリスペクトしており、終始平和に和気あいあいと対談が流れていたので、安心して読めた。
 何か、西村賢太に変な期待をしていた。

 湊かなえによる西村賢太私小説論から西村とのテレビ共演の話になり、そこで「締め切りなんて守らないと言いながら、日記ではきちんと守っている」と湊が言うと、「テレビとかインタビューの場、つまり自作以外の場でいちいち本音は洩らしません」と返す。

 それから、小説に救われたという話。
 湊は作家になる前に高校に講師に行っていたようで、そこで、これに出会えて良かったと思える生徒と、なかなか出会えない生徒がおり、尚且つ今の時代では努力と根性だけで夢が叶うような時代でもなく、そう考えると小説家というのは、一発逆転出来る職業なんじゃないか――と繋がっていく。
 湊は貧困暮らしだったようで、小説を読んで乗り越えた、と言う。西村も作中で、アパートを追い出されたり色々あるのに小説だけは持って出て行く、というところが共通しているのではと言う。
 まあ、西村はそれに冗談で返すんだけれど。

 それからお互いの新作の話。西村の新作では題にある話題が出、辛くても「今」が辛いだけで、「ずっと続く」わけでは無い、と。湊の新作では、自分の親を簡単に「毒親だった」と言い、下らない理由で、自分の生い立ちは辛かったと告白するが、本当に虐待されたりした子供に失礼じゃないか」という事で、新作を書いたと発言している。
 これを読んだら、どっちの新作も読みたくなった。当然、文庫待ちですが。

 次はお互いの小説の書き方に話題は移る。全く異なる二人なので、湊はこうやってるのか、西村はこうやってるのか、と勉強になる。湊が、「読書家とか編集は詰まんなくてもちゃんと読んでくれるけれど、普通の読者は詰まんないと飽きちゃう。私が書いてて詰まんないと感じた十頁前に、既に読者は詰まんないと感じているので、そこにイベントを差し入れる」というのが、だらだら書いてる僕には耳が痛い話だった。
 逆に西村は、「一人称の私小説をやってるんで、他の人称や文体をやる前に、とことん今のを突き詰めたい」と言っている。どちらの言う事も凄く分かるし、この部分は特に面白かった。

 お次はネット社会の話題。ネットでお互いがチェックし合っている、それに振り回されるのは馬鹿げてる」と言う。その通り!
ツイッター等でエゴサーチしてます?」「すぐにやめました」「あれ、百害あって一利なしですよね」という部分は、面白い。僕だったら喜んでエゴサーチしまくるだろうな、と。

 という感じで、平和な対談だった。